スイートコールで絶対に手放したくないセフレをゲット

スイートコールで絶対に手放したくないセフレをゲット

絶好調だ。スイートコールも自分もこれ以上ない状態にある。まったく、テレクラってやつはこれだからやめられない。そうだろ、兄弟?

とまあ、こんな風に、テレクラユーザーの同族の連中に向けてご機嫌に馴れ馴れしく話しかけられる自分であるためには、テレクラセックスが首尾よく行っていなければならない。つまり、いまの自分はテレクラセックスがめちゃくちゃうまくいっているってわけ。

テレクラを使い始めて二十年以上、スイートコールに落ち着いてからはもうすでに八年になるのか。

何度もテレクラを諦めかけ、あるときは個室テレクラにはもう二度と足を踏みこまんぞと覚悟を決め、あるときは無店舗型テレクラへの携帯電話の登録をすべてやめていよいよテレクラから足を洗うぞと決意したこの私が、その覚悟や決意はどこへやら、今日もこうしてスイートコールを利用しているというのはまったく情けない限り。

だが、私のこの情けない体たらくを批判するのは、私が今回即アポに成功しテレクラセックスを敢行してみせた「大当たり」のテレクラ女性と、私のようにテレクラセックスをしてからにしてもらいたいものだ。

いや、まったく、私は今回のようなテレクラセックスをするために生きているのだし、このようなテレクラセックスをしてしまうと、やはり、いくら辛くてもこれからもテレクラを使うしかないという思いを新たにし、テレクラを利用しているときに襲いかかってくる様々な困難をすぐに忘却してしまうのだ。

その忘却は、かわいすぎるテレクラ女性の乳房を揉みしだきながらするだいしゅきホールドを経てからの正常位ファックの最終地点においてディープキスをしながらびゅくびゅくと中出し射精をするとき、テレクラ女性の膣内に放出される大量の精液とともに忘れられてしまうのだ。

スレンダー系巨乳の美貌のテレクラ女性としたテレクラセックスのことを思い出すと、ついつい股間に手が伸びる。陰嚢は上へ下へと蠢きその運動をゆっくりと始動させ、血液は海綿体に流れ込んで私は勃起を余儀なくされる。

そして、思い出しオナニー。なんて素敵なテレクラセックスだったのだろう!という感慨とともになされる射精が、テレクラにまつわる嫌な記憶をすべて消し飛ばしてしまう。それほどに強烈な快楽。とてもまともではいられない。

声だけはかわいいがルックスに難ありというようなテレクラ女性が多いなかで、今回のテレクラ女性はツーショットダイヤルを通して声だけでイメージしたのと同じか、それ以上のテレクラ女性だったのだから、テレクラの神は私のことを決して見捨てはしなかったのである。

もちろん、風俗と違って時間制限などもないから、プレイを焦る必要もない。これが今回のテレクラ女性のような極上美人ではない場合、なるべくすぐに射精してホテル代などを極力浮かす方向で活動するのだが、いくら抱いても飽きることはないであろう肉体を前にした場合は、可能な限りプレイ時間を長引かせるのが吉だ。

ちょっとした倹約精神からプレイ時間を短くするなんてことがあってはいけない。最高の夕ご飯を提供し、できれば一泊、もし休憩で終わりそうならば、死力を尽くして連絡先をゲットしてセフレ契約を結ぶこと。これを怠るものにテレクラを乗り切ることはできないってことくらい、テレクラを使いこなして久しいご同輩たちにはあらためて言うまでもないことであろうが。

そう、さらっと書いたが、私はセフレ契約をしたのである。テレクラを使うすべての男が欲望し、ハメ倒したいと願われるばかりの、テレクラセックスの女神ともいえるテレクラ女性の連絡先を手に入れ、スイートコールなしでの合流とセックスという未来を約束しあったのだから、私の上機嫌も頷けようというものだろう。

残念ながら、今回のテレクラ女性とのセフレ契約が続き、セフレとして連絡がとれなくなるまでは、スイートコールの利用を控えなければならない。なぜなら、目の前のセフレとのセックスに集中するためにはテレクラを休養する期間が必要となるからだ。

だが、セフレというものには必ず終わりがくる。セフレは固定しない。セフレは流動的に探し続けなければならない。だから、私は、今回のテレクラ女性とのセフレ関係解消とともに、またスイートコールに戻ってくるつもりであるから、ぜひとも安心してほしい。

私に男根と性欲がある限り、私がスイートコールを見捨てるということはない。私が利用していないときでも、私の心はスイートコールにあるのだし、セフレとセックスしながら、私は自分に素晴らしいセフレを与えてくれたスイートコールへの感謝を、膣への一撃ごとに伝えてやまないものなのである。

スイートコールに栄光あれ!

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